前回の続き。
「どんな本を読んでいいのかわからない」という人に対して、読書歴を訊いてみると、いっさい何も読んでいないという人は稀で、お年寄りの場合は松本清張、山本周五郎、五木寛之などは読んだことがある、という声が多い。若い人の場合は本当にバラバラで、大抵は漫画なら読むというので「ジョジョ」「ワンピース」などの話をすると喜ばれる(私も読んでいるので話ができる)。
それなら、かつて読んで面白かった小説を書いた作家の他の本を探して読めばいいじゃないですか、と言いたいところだが、それは嫌だと言われると結構しんどい。
これはどうでしょう、あれはどうですかと挙げても、その本をなかなか読まない(時間や手間や労力的に読めない)し、読んでみて面白かったとしても、退屈だったとしても、結局はまた別の本を勧めてくれとリクエストされる。
しかも「登場人物の多い本はダメ(覚えられない)」「字が小さいとダメ(見えない)」「難しい本はダメ(理解できない)」と条件が積み重なってくるとかなりの重荷になってくる。
以前聞いた「火災」の定義では、燃えている火が燃え広がって勢力を増して、火そのものが自力で燃え盛るのが火災なのだという。読書欲も同じように、本人が次々と本を求めて、いわば火災のように範囲を広げつつ本を読む習慣がつけばよいのだが、苦手な人はどうしても一冊読んでは停止、また一冊読んで停止、次も一冊読んで停止、の繰り返しになってしまう。
結局いくらお勧めされたところで、自力で「次に読みたい本」が発見できるようにならない限りは、いつまで経っても「教えて教えて」という状態が続くだけである。何か強烈な欲望の「火」を点ける一冊に出会えればよいのだが、これがなかなか難しい。
基本的に小説以外のエッセーや対談などから入ればいいじゃないのと思っているのだが、それでは読書欲という炎が燃え上がるには到らないらしい。
読書会の入会時のアンケートを見てみると、自力で読書を進めることが可能になっているレベルの人の典型としては、おおむね以下の三つのコースが目立って多い。
1.ミステリが好きコース
好きなジャンルはミステリです!最近読んだ本はこれとこれです!好きな作家はこの人とこの人です!
と興奮気味に書く人がいて、こういう人は手がかからず楽である。思うにミステリは毎年年末になると週刊文春とこのミスのランキングが発表されて、書店でもプッシュされて、いい具合にそれが入門書の役割を兼ねている。
最新作と入門書を兼任できる作品がそこそこ出て、しかもオールドファンを再びミステリの世界に引き戻し、他のジャンルとの境界線上の作品もチラホラあり、本格も変格も、国産も海外もある、といいことづくめである(SFはなぜかそうならなかった)。
いったんこのコースに嵌まってしまえば、十年とまでは言わないが2,3年はまず退屈しないのではないだろうか。
アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
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この本↑などを読むと、クリスティだけで20~30冊くらいは充分いけそうだし、京極夏彦が好きな人は妖怪関係、幻想関係、民俗学関係へとすぐに関連領域が広がる筈である。新本格が好きな人は、作家同士があっちこっちでつながっているので読む本を探すのに苦労が少ないと思う。
2.時代小説が好きコース
ご年配の方で「どんな本を読んでいいのか……」と悩まれる方に全力でお勧めしたいのがこのコースである。とにかく新刊が洪水のように出るのと、評価の定まった作者・作品が明解な点がよい。手軽で外れのないアンソロジーも山のように出ている。
何より漠然と人々が「小説」に求めているものがほとんど揃っている(とりわけ人情物)。
筋運びの面白さ、魅力的な登場人物、人生や人間に関する考察、生活や些事の描写、江戸情緒、親子や男女の情愛、怒りや憎しみといった情動、四季の移ろい、薀蓄話、などなど。
さらに、人情物以外の剣豪物、伝奇物、政争や経済に関する話題を中心とした時代物へ進むこともたやすい。もっと愛想の乏しい歴史小説に進むのもよい。
ちなみに最近は、昭和の人気作家や人気シリーズをミステリ的観点から編み直したアンソロジーまで多く出ている。これらは1.と2.を兼ねた入門書になっている訳で、初心者にも入りやすいのではないだろうか。
流れ舟は帰らず (木枯し紋次郎ミステリ傑作選) (創元推理文庫)
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3.村上春樹が好きコース
好きな作家は村上春樹です!それ以外は特になし!
という人も結構いる。人が百人集まると、かならず一定の数で村上春樹ファンが含まれているように思われる(村上龍はなぜかこうならなかった)。
このコースもあっちこっちへ進みやすい。とにかく村上春樹の小説にいったん魅了された人には、「小説以外」のかなり多くのジャンルへの入口が開いている。
エッセーや対談はもちろん、旅行記、翻訳書、読書案内、インタビュー集、音楽論、マラソンに関する本まである。これは読書好きの入り口としては理想である。
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夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫)
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副作用というかよくある現象として、他の作家を受けつけなくなるという状態に陥ることがあるが、チャンドラーやドストエフスキーやチェーホフなどを経由して、さらに広い世界に進んでほしい。
今週のお題「読書の秋」