内田樹の講演集「日本の覚醒のために──内田樹講演集」にあった伊丹十三論がたいへん面白かった。
「ヨーロッパ退屈日記」に出てくる「北京の55日」の海外ロケの部分をよく読むと、伊丹十三が誰の役を演じたかについて、その役名すら書かれていないという指摘に始まって「書かれていないこと」を手がかりに論を進めてゆく。
そのようなアプローチを考えたり、口にするのは簡単だが、実際にそれができる人がどのくらいいるだろうか。しかもこの講演は準備をし損なって、ほとんどアドリブで話をしたのだというから驚きである。下手なミステリを読むよりもよほどスリリングで説得力のある名推理なので、もっと広く読まれた方がいいと思った。しかしこのタイトルでは気づかれにくいし、そもそも他の講演は政治や教育がテーマなので埋もれてしまうのが残念である。
あの本ならもうとっくに読んだよ、二度も三度も読んだからもういいよ、と言いたくなるレベルで「ヨーロッパ退屈日記」には親しんできたつもりだが、実に鮮やかに印象を覆された。
「北京の55日」は未見で、観るかどうか微妙なところ……しかし最近はBDまで出ている。