最後まで読むと、やはり記憶の通りあまり後味が良くない。
ただ以前読んだ時と違って「ここまでは平家物語」「ここからは手塚治虫の創作」という線引きがそこそこ自分でもできるのが大きな違いだろうか。
終盤で源頼朝と源義経が対立するくだりも、実は「火の鳥」をめぐる噂話に翻弄されてのことだったのだ、としていることに今回はじめて気が付いた。
続きを読む最後まで読むと、やはり記憶の通りあまり後味が良くない。
ただ以前読んだ時と違って「ここまでは平家物語」「ここからは手塚治虫の創作」という線引きがそこそこ自分でもできるのが大きな違いだろうか。
終盤で源頼朝と源義経が対立するくだりも、実は「火の鳥」をめぐる噂話に翻弄されてのことだったのだ、としていることに今回はじめて気が付いた。
続きを読む確か、朝日ソノラマ版の冒頭には作者の言葉があり「乱世編には本物の火の鳥が出てきません」とはっきり書いてあった記憶がある。
連作長編という概念も子供が理解するにはやや難しいものだが、その中でもまた例外的な存在ということになる。
しかも、さりげなく電話が出てくる場面すらある。いかにも「ギャグですよ」という風に描写するのではなく、ごく自然に描いているのも奇妙である。
この場面を見て手塚治虫のイージーなミスと捉える人はいないだろうし、皆が皆、「ちょっとしたジョーク」としてスルーしているのかというと、そこまでリテラシー能力が高いのかどうか、これも疑問に思う。
一般に乱世編は暗く暴力的で、救いがないと思われているようで、それは当然なのだが自分は妙に惹かれる。
「平家物語」関連の本を読みたくなってきたので、NHKの紹介番組のテキストなどと併せて「火の鳥(乱世編)」も読み返してみた。
「火の鳥」は特に未来編と乱世編が印象深いので、何度も読んでいる。今回は「平家物語」をなぞっている部分と本作ならではのオリジナルの人物の区別が見えるので、ますます興味深く味わいが深い。
よく考えたら「乱世編」というより「源平編」の方が意味としては正しい気がしてきた。