これは面白かった。久々に小説らしい小説を読んだという感じ。
内容は、ある作家夫妻に関する回想回想また回想で、回想が小説の8割を占めている。
派手な筋立てには乏しいものの、現在と過去を行ったり来たりしているだけでも構成が巧みで描写が適確で人物が生きていれば、充分面白い小説になるものなのだなと思った。
冒頭の作家ロイ(何の才能もないのに「天才」として扱われている)に関する部分が愉快で、ずっとその調子でユーモア小説風に続くものかと思っていたら主人公の少年~青年時代の回想に突入する。
ここが微量の皮肉あり滑稽味ありで、いかにも英国的な描写、心理、風景、エピソードの連続でしびれる。後半から結末にかけてはちょっとした伏線があって、むにゃむにゃ(ネタバレ回避)である。
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小説が終りかけても小説が萎まずに、一定の密度が崩れないところもまさしく
「円熟した作品(解説より)」。昔はこういう風に、素晴らしいものを見上げるような気分で小説というものを読んでいたっけなあ、ということを思い出させてくれた。
子供の頃の本能的な判断というやつは、案外たしかなものだと僕は思うのだ。あの頃はカーライルは偉い作家だと聞かされて、『フランス革命』も『衣装哲学』も読むに堪えんと思ったことを恥じたものだが、今日あんな書物を読む人があるだろうか。他の連中の意見が僕の意見よりすぐれていると思いこんで、ジョージ・メレディスはすばらしいと、無理に思うようにしていたものだが、腹の中では気どっていて、冗漫で、不真面目だと思っていた。
選ばれた者を以て任ずる人達は世俗の人気を嘲笑し、それこそはむしろ凡庸の証拠であるとさえ主張しがちであるが、彼等は、後世の選択が一時代の無名作家にあるのではなく、有名な作家にあることを忘れているのだ。
傑作を一つ、あるいは二つも書けば、もう沢山だと考えるのは大間違いで、それを祭る台座代りに、平凡な作品を四十か五十も書かなければいけない。
わたしの冗談を面白がらないのは、なにもロイが始めてなわけではなかった。純粋な芸術家とは自分の洒落を独りで楽しむユーモリストをいうのだとは、わたしの縷々考えるところである。
彼は田舎の医者に特有な様子、つまり無遠慮で、親切で、おしゃべりが好きらしかった。彼の人生は終わった感じだった。
前から気がついていたことだが、わたしが最も真面目な時に、とかく人はわたしを嘲笑する。そして事実、わたしがまごころをこめて書いた文章を暫く経って後から読んでみると、わたし自身笑いたくなるのである。
モームがこれほど面白く、自分と波長の合う作家だとは思ってもいなかったので、「月と六ペンス」「人間の絆」も読んでみようと思う。
「お菓子と麦酒」というタイトルも非常に良いので★5つ。
注:自分が読んだのは新潮文庫版。