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めちゃくちゃブックス

読んだ本の感想やメモなど

「変愛小説集」岸本佐知子(編・訳)

ユーモア 小説

 

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「恋愛(れんあい)小説集」ではなく「変愛(へんあい)小説集」である。

このタイトルは「恋」と「変」の字形がそっくりであるだけではなく、発音もそっくりで、さらには本質的にも似ていることを示唆している。

 

変愛小説集 (講談社文庫)

変愛小説集 (講談社文庫)

 

 

また「変愛」は「偏愛」にも通じていて、その対象が人間以外の物や植物にまで向けられるような、偏った嗜好を持つ人々の愛を描いた小説集でもある。

 

 

「五月」アリ・スミス
「僕らが天王星に着くころ」レイ・ヴクサヴィッチ
「セーター」レイ・ヴクサヴィッチ
「まる呑み」ジュリア・スラヴィン
「最後の夜」ジェームズ・ソルター
「お母さん攻略法」イアン・フレイジャー
「リアル・ドール」A.M.ホームズ
「獣」モーリーン・F.マクヒュー
「ブルー・ヨーデル」スコット・スナイダー
「柿右衛門の器」ニコルソン・ベイカー
「母たちの島」ジュディ・バドニッツ

 

 

11篇のアンソロジーで、鬼面人を驚かすようなものは少ない。内容が奇抜であっても、むしろ文章からは淡々としていて落ち着いた印象を受ける短篇がほとんどである。この種のアンソロジーでありがちな、雰囲気だけで引っ張って結末らしい結末がないまま終る種類の作品も幾つかある中で、個人的には、静謐で技巧的な「五月」と、終幕部が鮮やかな「最後の夜」の二篇が傑出しているように思える。

ユーモア枠としては「まる呑み」と「リアル・ドール」を推したい。

「まる呑み」は、ごく平凡な主婦が、若い男を口からまる呑みしてしまう話である。まる呑みしたら普通は男が死んでしまいそうなものだが、どういう訳か体内で生きており、体全体が縮んでいるかのような、体内というより胎内にいるかのような状態になっている。文字通り人を食ったようなユーモアが漂う。

ドストエフスキーの短篇「鰐」では、鰐に食われた人物が鰐の体内から喋ったりするが、あの短篇をもっと家庭的でポップにしたような作品である。

 

鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集 (講談社文芸文庫)

鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集 (講談社文芸文庫)

 

 

「リアル・ドール」は「僕はいまバービー人形とつきあってる。」という書き出しから引き込まれて、そのトーンを維持したまま最後まで面白さが途切れない。

確かにこのケースは特殊な偏愛で変愛で、あるいは妄想なのかもしれない。しかし相手がバービー人形ではなく同年代の普通の少女だったとしても、結局は似たような流れにしかならない、恋愛とはそういうものだと暗に言っているような、そういう意味では普遍的な恋愛小説でもある。