めちゃくちゃブックス

読んだ本の感想やメモなど

「絵本の春」泉鏡花

鏡花の短編「絵本の春」を、文字通り「絵本」にしたもので「絵」といっても版画が挿絵のようにふんだんに入っている。

内容は、他の鏡花の作品と同様に怪しげな美女や怪異が出てくる話なので、いつもの通りである。

ただ久々に読んでみると、何かの起こるタイミングや描写の重要度(重いか軽いか)、現実と非現実の合間、それらの境界線がゆらゆらしているように感じられる。

 

絵本の春

絵本の春

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普通の作家は「これは重要ですよ」とか「ここは現実で、この線から向こうが非現実ですよ」といったサインを送るものだが、サインなしで物事が進行するというか。

「はじめてのスピノザ(講談社現代新書)」で著者が「普通の哲学者はスマホのアプリを変えるように理解できる。しかし、スピノザを理解するためには、パソコンでいうならOSごと取り替えないと理解できない」と言っていた。

 

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それは鏡花も同様で、文体以上にどこか根底の部分で他の書き手とは質が異なる。

 

大女の小母さんは、娘の時に一度死んで、通夜の三日の真夜中に蘇生った。その時分から酒を飲んだから転寝でもした気でいたろう。力はあるし、棺桶をめりめりと鳴らした。それが高島田だったというからなお稀有である。地獄も見てきたよ――極楽は、お手のものだ、と卜筮ごときは掌である。

 

――旧藩の頃にな、あの組屋敷に、忠義がった侍が居てな、ご主人の難病は、巳巳巳巳、巳の年月の揃った若い女の生胆で治ると言って、――よくある事さ。いずれ、主人の方から、内証で入費は出たろうが、金子にあかして、その頃の事だから、人買の手から、その年月の揃ったという若い女を手に入れた。


 こんな調子でいきなり変な話が変なタイミングで来る。実にたまらない。