武田百合子の最後のエッセー集。昭和のお終いから平成にかけての日記風の随筆なので、美空ひばりの東京ドーム公演など時代を感じさせる。
他の著書は全部持っていて、だいぶ前に読んでしまっていたので、この本は最後の一冊ということになってしまう。しかし今まで読んだ著作の中で一番良かった。
よくエッセーに対して「鋭い観察眼を持っている」といった誉め方がされるし、自分もそう思うことが多かった。
けれども、そう思わせる文章というものはしばしば「観察眼」そのものはごく普通で、見たものをどう受け止めるか、解釈するか、という捻った感性の上に成り立っているものだ。それとは対照的に、普通の目が捉えたものをただ淡々と書いているだけのように見える本書の方が明らかに非凡な読み物になっている。
よくある「感性豊かなタイプ」を演じているような随筆が人工的な清涼飲料水だとすると、単に果物を絞っただけのジュースのような味わいがある。