ポール・オースターがラジオ番組を通じて募集した、普通の人の身に起きた実話を集めたアンソロジーである。
たかが実話、と侮って読んでみると驚くほど小説的で、書き出しの数行が見事だと作者名をつい探したくなるほどである。
小説の場合、フィクションなので「偶然こんなことが起きた!」という要素を入れ放題にできるため、かえって入れにくい。特にミステリの場合は、ご都合主義的な偶然のせいで作品そのものが成立しなくなることもあるし、大抵は読者の批判に耐えられない。よって偶然を極力排することになる(その偶然を逆手に取ったトリックもあるけど)。
実話の場合は、偶然の取り入れが自然にできる。
「本当にあったんだから仕方ないでしょ!!」という話に対して、読む方は「嘘だろ」とは言いづらく「本当にあったのか、すごいね!」と素直に感心した方がずっと楽である。
となると小説は現実よりも偶然の乏しい、ゆがんだ複製品にすぎないのだろうか。実話集は偶然を豊富に取り入れた、文字通りリアルな、天の配剤による妙技の連なり、というと贔屓のし過ぎのようだが、小説風の味わいと小説的でない偶然が同居しており、読み物としては気楽に読めてかなり面白い。
まあ、小説の側だって大いに偶然を描いて、それを「奇跡」「神秘」と意味づけたりすることもよくあるから、深刻に考えなくてもドッコイドッコイの勝負だろうか。
タイトルに〈1〉とあるのは文庫化された2分冊の1冊目を意味する。テーマ別の分類では「動物」「物」「家族」「スラップスティック」「見知らぬ隣人」を収録。