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読んだ本の感想やメモなど

「街道をゆく 30 愛蘭土紀行Ⅰ」司馬遼太郎

山本夏彦より簡潔で辛辣なことを言っている本はないかと探し求めているうちに箴言集を読むようになり、さらに聖書を読んでいるうちに、なぜかケルト民話やファンタジーを読むようになってしまった。

ケルト関係の面白い本はないかな~と思ってふらっと古本屋で買ったこの「愛蘭土紀行」だが、予想を遥かに上回る面白さだった。

 

街道をゆく 30 愛蘭土紀行I (朝日文庫)

街道をゆく 30 愛蘭土紀行I (朝日文庫)

 

 

アイルランド及びイギリスに関係する人物が次々と出てくる、そのメンツが漱石、ビートルズ、小泉八雲、ジョン・フォード、スウィフト、イエイツ、ベケット、そしてジョイス。ロンドンからリバプールへ移動し、さらにアイルランドのダブリンへと移動しつつ、これらの人物に関するあれこれ、アイルランドとイギリスの関係、カトリックとプロテスタント、などなどについてがゆったりと語られる。

学生の頃、やたらと暗記を強いられる世界史や地理が苦手で、ほとんど憎んですらいたのだが、こういう読み物を知っていればもうちょい勉強したのにとも思う。しかし受験勉強をせずにビートルズやスウィフトやベケットに触れていたからこそ今この本を読んで興味を感じることができるのだ、と考えて自分を慰めることにする。

「死んだ鍋」と言われる独特のユーモアに関する部分と、後半のジョイスに関する部分が特によかった。

「死んだ鍋」というのは真顔で覚めた、辛辣なことをポロッと言う感じのユーモアのことで、ジョン・レノンやスウィフトに特徴的なもの。調べたら四方田
犬彦のスウィフト論の冒頭にも出てきていた。

 

空想旅行の修辞学―『ガリヴァー旅行記』論

空想旅行の修辞学―『ガリヴァー旅行記』論

 

 

語学的な変な知識も得ることができた。

アイルランド人特有の「オ」がつく名前のリストに「風とともに去りぬ」のスカーレット・オハラがいるのにも驚いたが、「マック」はケルト語で息子という意味なのでマッカーサーは「マック・アーサー」つまりアーサー王の息子だとか、そうするとスティーブ・マックイーンは「マック・クイーン」で女王の息子という意味だ、というあたり、まるで名探偵の名推理を拝聴している脇役のような気になる。

笑い話で面白いものがあった。ある家の車が盗まれて、数日後に戻ってくる。中に手紙があって「事情があってお借りしました!お詫びにご家族みなさんでオペラでもご鑑賞ください」とある。
同封のオペラの切符(家族の人数分)を見て、真面目な人なんだねえと感心してオペラに行ったその夜、今度は家の中のものが洗いざらい盗まれていたという話。

これを受けて司馬遼太郎は、犯罪でなくむしろ「演劇性」、真理の裏をかくという点において「スパイ」、さらに笑いや芸術性といった様々な要素を読み取る。

そうした多様な読みと解釈、考察の連続なので飽きることがない。レトリックも巧みで「金色のバラでもみたようなおどろき」「起き上がった病み犬のようないたましい威厳」など、実に鮮やか。続いて「Ⅱ」も読むことにする。