めちゃくちゃブックス

読んだ本の感想やメモなど

ストレートに事態が悪化する本

自分の住む市の図書館で、今月から読書会を開催できることになった。前々から「死ぬまでに一度は自分主催で読書会をやってみたい」と考えていたので、大げさに言うと「夢がかなった!」というレベルで喜ばしいことである。

しかし前途は多難というかそれ以上で、早くも暗礁に乗り上げているというレベルで困っている。ひとつは参加者がなかなか集まらないことと、集まっても「普段から本をあまり読まない」「難しい本はわからない」という参加者が混じっているため、そうそう自分の好きな本ばかりを扱うことができない。

よって比較的読みやすく、親しみやすく、かつ面白い本を課題図書として選びたいと思うのだが、それがかなりの難題なのである。しかも課題図書リストから選ぼうにもリスト自体が今ひとつパッとしない。

そんな中で最近、これはいいなと思って読んだのは沢木耕太郎の「凍」で、登るのが困難な山に挑む登山家に関するノンフィクションである。

 

凍 (新潮文庫)

凍 (新潮文庫)

 

 

中心になるのは登山家の山野井泰史という有名な人だが、奥さんも一緒に登るという点が興味深い。仮に一人の登山家の話であれば、ビデオカメラに記録でも残さない限り「作り話なのでは」という疑問が湧かなくもない。しかし夫婦で揃って登る話となると、かなり迫真性が増すのである。双方が申し合わせて作り話を語るという風には考えにくいし、人となりもそういう人物像ではない。何よりこの奥さんがご主人に輪をかけて無欲で真っ直ぐな人なので、全体を通して名脇役になっている。

それはともかく、この本は大変シンプルな構成で、登るのが難しい山に挑む→そう簡単ではない→ジワジワと困難が増す→さらに大変になる→ますます困った状況になる→その上もっと悲惨な状態になる、とストレートに事態が悪化するばかりなのである。

いざ本格的な登山が始まると、登場人物は夫婦だけになるし、寒すぎて動物すらほとんど出てこない。ノンフィクションであっても「行って帰ってくる」というフィクションの原型のような構成になっているため、神話を読んでいるような神々しさすらうっすらと感じられる。こういう風に単純に事態が悪化してくれる(というのも変な言い方だが)本は、誰にとっても読みやすく、引き込まれ、興味深く読める、読書会向きの本ではないかと思った。

 

似たようなシンプルな構成の本として思い浮かぶのは「椅子がこわい」という夏樹静子の本で、これはタイトルが文庫化の際にメインタイトルが「腰痛放浪記」になっているのだが(確か元の単行本では「椅子がこわい」が主だった)ひたすら腰痛に悩まされてどうしようもない、というノンフィクションである。

 

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

 

 

これもまた、笑ってしまうほどストレートに事態が悪化するばかりの内容であった。原因不明の腰痛を治してもらうために医者に行く→治らずに悪化する→西洋医学がダメでますます悪化する→東洋医学がダメでさらに悪化する→おまじないや霊媒師もダメでさらに悪化する、と踏んだり蹴ったりの酷さである。やはり本書も読書会に向いているのではと思う次第で、最終的には論理的にも肉体的にもすっきりと問題が解決するので、ミステリ好きにはお勧めしたい。

 

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

ミステリといえば「そして誰もいなくなった」も同じ系統の話といえるかも知れない。ひと言でまとめれば「ストレートに事態が悪化して、完全にめっちゃ悪くなって、さらにどうしようもなくなってから結末が訪れる話」ではないだろうか。

という訳で、読書会向きの本としてはもちろん、ただ漠然と「何か面白い本を読みたい」と考えている人にも上記の三冊はお勧めしたい。