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「月曜日の友達1」阿部共実

 

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阿部共実の「月曜日の友達1」を読んだ。

主人公は中学一年生なのに子供っぽい女の子、という設定である。そして、ある変わり者の男の子と「月曜日の夜だけ学校で会おう」と約束して、定期的に会うようになる。他の生徒には秘密である。

この二人は多数派の集団には馴染めないが、互いには好意を持っているようなので、こうなると充分に「付き合ってる」ような感じに近い。

しかし、二人はタイトルにあるように、時間的制約のある異性の親友のようでもあり、同時に擬似的な家族のようでもあり、長年ずっと共にいる夫婦のようでもあり、小学生のようでもある。

言葉で関係を断言して、型にはめてしまわないところが良いので、曖昧ながら深くて濃い関係であり、描写になっている。

 

月曜日の友達 1 (ビッグコミックス)

月曜日の友達 1 (ビッグコミックス)

 

 

主人公のモノローグがしばしば情景描写にもなっているので、そういう部分は小説でいうと一人称的である。

 

なんて馬鹿馬鹿しいことを無邪気に言うんだろう。/しかし微かに光を帯びたその白く細い指先は迷いがなく美しく夜空に伸びていて、/いたずらにわくわくと胸が鳴る自分がいる。/まだ子供の私は月野の発する世界がとても居心地よく感じている。/私は今日を楽しみにしていたのかもしれない。

 

わっ。/蝉と蝉と蝉の叫びが入り乱れ激しくぶつかりあう。/激しく光を照らされた葉が重なり合ったセロハンのように真緑に透ける。/深海のように染まる木々の影。/地に跳ね返る木漏れ日は肌を白く焼く。/道に散らばる小石ひとつひとつが波を起こしたように太陽を反射して、/まるで天の川の上を進んでいるようだ。/瑞々しい草木のにおいが鼻をぬける。/あつい。/夏だ。

 

といった言葉と共に、漫画なので「絵」としてそれがどのような光景であるかも描かれている。

つまり、客観的にはこれはこうです、という三人称的な絵が上記のモノローグと重なってくる(同時にではなく、少しずつずれたりもしながら)。

これは映画や漫画ではごく普通の技法かもしれないが、この人は格別にそれを効果的に使いこなしていて、言葉と絵の両方に奥行きがあって複雑にハモっている。外見や言動は幼く、周囲からは未熟と思われているが、大人びた言葉を内面に持っている中学一年生なのである。


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