内田百閒の随筆集「凸凹道」所収の「大瑠璃鳥」に「ぷツくんたたたぽうぽ」という奇怪な音が出てくる。
子供の頃から本を読んでいて「わからない」と感じる箇所は多々あった。そういう箇所は飛ばして読む癖がついているのだが、久々にかなりのレベルでさっぱりわからない。
この音は何かというと、自分のため息に節がついて家人にも迷惑がられているという、その音なのである。
溜め息の節を文章に書き現はす事はむづかしいが、いつもきまつて脣の間や鼻の穴を抜ける息が、知らぬ間に声になつてゐるから、假名で書くことは出来る。「ぷツくんたたたぽうぽ」と云ふのである。一どきに飛び出さうとする大きな息を、さう云ふ風に区切つて最後の「ぽうぽ」は一音低くなつてゐる。
その要領は、咽喉から口腔に詰まって来た息を先づ「ぷツ」と脣の間から漏らし、次に「くん」と鼻から抜き、まだ鼻を通つてゐるうちに「たたた」と下を打つて調節し、最後に残つてゐるのを「ぽうぽ」と二綴二息で吐き出してしまふのである。
実際に無理してやってみても「ため息」にはほど遠い音になる。
一応、理由として後半で鳥の鳴き声の影響を受けたようなことが書いてあるのだが、鳥の鳴き声にしても「ぷツくんたたたぽうぽ」はないと思う。
念のため、大瑠璃鳥の鳴き声も調べてみた。
どこをどう聴いても「ぷツくんたたたぽうぽ」にはならない。ほんの3ページほどの小品で、ここまでわからない随筆は空前絶後ではないだろうか。