めちゃくちゃブックス

読んだ本の感想やメモなど

「数学にときめく―あの日の授業に戻れたら」新井紀子

インターネット上の「働くお母さん」のためのサイトで出された問題と解答のやりとりの記録をまとめた本。

「あの日の授業に戻れたら」という副題が妙に情緒的でちょっと落ちつかないけれども、内容が難しすぎず簡単すぎずで、自分にぴったり合っていて面白かった。

 

数学にときめく―あの日の授業に戻れたら (ブルーバックス)

数学にときめく―あの日の授業に戻れたら (ブルーバックス)

 

 

 出題者の先生がなかなか味のある人で、プロローグからして結構いいことを言っている。

 

職業として今やっている数学に一番近いものが何だったろうか、と自分の少女時代を振りかえるに、それは編み物や、ぼーっと部屋で空想をすること。長くてちょっと難しい小説を頑張って読むことや、先生に反発してふりまわした幼い正義感だったような気がします。

 

算数のドリルで落ちこぼれ、好きなのは編み物をすることと絵を描くこと、夫婦喧嘩では常に理屈をこねて相手を言い負かす。という人が突然大学院の数学に向いている、ということもありうるのではないか。

 

参加者のバックグラウンドと投稿される解答の質との相関は感じられず、むしろ、当たり前のことを当たり前に考える、ちょっと凝り性でマイペースな人が抜群の解答を寄せてくれることが多かった

 

『考えることに誠実であるか』という姿勢だけが(略)ドアを開く鍵になるような気がします。

 

この本は見かけほど簡単な本ではないかもしれません。読むだけですぐに効果が期待できる本でもないかもしれません。けれども、どのみちおもしろいことというのはやっぱり少しは難しいにちがいありませんし、私たちの人生を簡単にわかることばかりで埋めてしまったら少し退屈じゃありませんか。

 

これはなかなか、数学嫌いに希望を与えてくれる名文で、他のブルーバックスのまえがきと比較しても出色の出来だと思う。

本題は全部で16章に分かれていて、およそ20問ほどの問題がある。中には出題されてすぐ正解が出てしまい、すぐ終る章もあるけれども、ああでもない、こうでもないと議論が延び延びになる回の方が遥かに面白い。

どう解いたらいいのかもわからないような問題があって、この世は闇だなと思っていると、そこに光が射すかのように冴えた解答が現れて、それがまた覆されたりする面白さはほとんどミステリのようでさえある。シンプルで魅力的な謎とその論理的解決、途中で仮説が次々と出てきては潰されるスリルなど。

推理小説にあって数学に欠けているものが「魅力的な登場人物」だとすると、この本に出てくる解答者の面々は「魅力的な登場人物」でもあるので、ミステリ好きな人に向いているかもしれない(途中が面白すぎるせいで、正解=いわば犯人がどうでもよくなる、という面も似ている)。

特に魅力的な人が「えっちゃん」という人で、この人の冴えた発想には度々魅了された。最後の方ではえっちゃんの考えた問題、というのも出てきてこれがまたシンプルで奥深い名作だった。この本は「主婦が数学に挑戦」みたいな部分が売りになっているようだが、実はそれは重要ではなくて、主婦であろうと社会人であろうと、老人であろうと小学生であろうと本質的には違いがない、と分からせてくれる所に真価があるのではないかと思う(確かどこかにそれに近いことが書いてあったのだが、どこだか見つからない)。

あともう一つ、クッキーやタイルを並べたり分けたりする問題の場合、「割る」解答者が必ず出てくる。その場合「割る」ことが可の時と不可の時があるので、最初に条件を示せよと文句を言いたくなる。似たような問題があっても本によって微妙に説明が異なっていて、そういう意味ではスタンダード・ナンバーを色々な人が演奏するのにも似ている。