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めちゃくちゃブックス

読んだ本の感想やメモなど

「忘れられたバッハ ユーモア・スケッチ絶倒篇」浅倉久志(編・訳)

 

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「忘れられたバッハ」は「エンサイクロペディア国の恋 」の続きというか片割れというか、二冊でワンセットの残り半分である。

 

忘れられたバッハ (ハヤカワ文庫NV―ユーモア・スケッチ)

忘れられたバッハ (ハヤカワ文庫NV―ユーモア・スケッチ)

 

 

 冒頭の「逆行魔」は何でもかんでも遡って、元へと辿ってしまうジャギンズという男の話。

 

 

しかし、ジャギンズは、どんな学問をしても何となく長続きしなかった。入学してしばらく、彼は非常な熱意でフランス語をまなんでいた。だが、そのうちに、フランス語をほんとうに知るには、まず古フランス語とプロヴァンス語をマスターする必要があると気づいたらしい。しかし、いざそっちに首をつっこんでみると、こんどはラテン語が自由に使いこなせなければとてもむりだということが明らかになった。ところが、このラテン語たるや、ジャギンズの発見によると、その根本にあるサンスクリット語に通暁しなければ、どうにもならないのである。そこでジャギンズは一心不乱にサンスクリット語にうちこんだ結果、正しい理解のためには、さらにその源、つまり、古代イラン語を研究しなければならない、とさとった。しかし、この言語はすでに失われているのだ。

 

 

万事がこの調子で、恋愛や思い出話もひたすら遡ってしまう。

 

「(わたしの芝刈り機についてくるべきだった説明書)御愛用者各位」は、説明書そのものの形をとったパロディで、メーカー側の本音をストレートに書くとどうなるかという試みである。

 

 

あんた、自分を何様だと思ってるんです?こいつはうちの製品の中でもいちばんの安物でね、あんたのようなカモを釣りあげるために、わざとけばけばしい色に塗ってあるわけよ。このさい知っといてほしいな、大邸宅やゴルフ場にあるあの本物の芝生は、本物のダークグリーンの芝刈り機、ピカピカのスチールの腰掛けの上に人が乗って動かす、あれでなくちゃ刈れないってことを。そう、五十年前にわが社が作っていた昔の芝刈り機、頑丈で、性能がよくて、孫子の代までびくともしないあれさ。ところが、当節はやりの平等主義と経済成長とやらで、あんたら向きのちゃちな機械をいやいや作る羽目になった。なにしろ、古くからの格調高いお得意様相手に、本物の昔の芝刈り機修理だけやってたんじゃ、工場が遊んでしまうんでね。でも、まあせっかく買ってくれたんだし、いちおう参考のために、使い方の心得を少し教えておこう。

 

 

 

「ロジャー・プライスの人名学理論」は本書中、もっとも分かりやすくストレートな面白さを持っている。「わたし」は少年時代のある出来事がきっかけで、人名学に目覚める。

 

 

そうこうするうち、わたしはついに一つの結論に達した。すべては名前のせいなのだ。彼は見かけも行動も実にランスらしく、いっぽう、わたしは根っからのロジャーなのだ。

 

 

人名学の説明とは、以下のようなもの。

 

 

生まれたての赤ん坊のときは、だれだっておなじである。赤ん坊にはなんの個性もないし、ちょっとみには性別すらない。ベトベトした、けたたましい塊にすぎない。

だが、その塊にある名前が与えられたとたん、社会はあたかもその名が暗示するタイプの性格の持ち主であるかのように赤ん坊を扱いはじめ、そして、赤ん坊のほうも、意識的あるいは無意識的にそれに反応して、その名にふさわしい人物に成長するのである。

 

 

どちらが原因でどちらが結果なのか、そもそも因果関係があるのかどうかも不明なのだが、この調子でビシビシ断言するところに面白さがある。具体的に人名が出てくると尚更である。

 

 

女性は、男性以上に、名が体を表す場合が多いようだ。たとえば、あなたの知りあいのメアリたちである。彼女たちはおちついた、やさしい、きまじめな性格ではないだろうか。スーザンたちは元気いっぱいでキュートだ。リタたちはもめごと製造家。クレアたちはタイトなドレスを着こなし、タバコの火は男がつけるものときめこんでいる。リリアンたちは、だれにでも自分の悩みを打ち明ける。ところが、これがもしリルとつづまると、こんどはみんなに悩みを打ち明ける側にまわる。ジョーンはパウダー・ブルーのドレスに真珠が似合い、みんなが結婚したがる女性。ベティはからっとした愉快な気性で、クッキー作りの名人。

 

 

 

クリスティンは、クラスでいちばん最初に髪を染める女の子である。

ノーマアーマは背が高く、肩幅が広く、男仕立てのスーツを着る。ノーマは猫背だが、アーマはそうでもない。どちらも話せる女性だ。

ジュディはポニーテールで、学校での応援団長から一生卒業できない。そして、だんまり屋を夫にする。リンダはあらゆる芸事を習い、勘定高い。グロリアは野心家で、カーテンを買うのが趣味。ウィルマは足が大きく、ペットを飼う。イーヴリンは家事の達人。イヴォンヌは道ならぬ恋におちいりがちである。

ローラと呼ばれる女性は、ひよわであるか、すくなくとも一見ひよわに見える。ローラはひどい偏食で、みんなにいつまで生きるのかわからないと危ぶまれている。彼女は九十二まで生きる。

ロレッタは、高校広しといえども、既婚の男性と出あるく唯一の娘である。彼女は卒業を待ちかねたように結婚する。そして、こんどは独身男性と出あるく。ベレニスは気だてがよく、女友だちはみんなで彼女とだれかの仲をとりもとうとする。その相手は、たいていサイである。

 

 

この調子で延々と続く。これらはどれも「この名前にありがちな人生」というよりは、対象を誰と定めない「あるある」に近い。

小説を読んでいて、ちょっとした一筆書きのような人物描写が上手だと嬉しくなるものだが、そういう描写を多く集めて圧縮したような面白さである。

終盤になるともっとエスカレートしてエンリコテカムセーオマーザ・ザといった名前まで出てくるので、そこは実際に読んでいただきたい。

 

他に「フェトリッジの法則」「Q―ある怪奇心霊実話」「自転車の修繕」「悪徳学園の新入生」「英国人入門」「紋切型博士、恋を語る」なども紹介してみたかったのだが、いかんせん部分だけの紹介が難しい。

全文を最初から最後まで通読して、そこで全体が大きなボケであると気づく類の話もあるので、興味のある向きはぜひ実物に目を通してほしい。

ちなみに「自転車の修繕」は「ボートの三人男」の続編からの抜粋である。

 

【おまけ】

ユーモア・スケッチに言及している記事を見つけた。ホイチョイ・プロの「見栄講座」の源流として。

 

gendai.ismedia.jp