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読んだ本の感想やメモなど

「年を経た鰐の話」レオポール・ショヴォ

昭和14年に山本夏彦が翻訳した童話集である。

「年を歴た鰐の話」「のこぎり鮫とトンカチざめ」「なめくぢ犬と天文学者」の三作を収録。

 

年を歴た鰐の話

年を歴た鰐の話

 

 

何と言っても表題作がダントツの出来で、これは凄い。「ナンセンスな童話で、わけがわからない」と言ってしまえばそれまで だが、あらゆる名作がそうであるように、多様な解釈を受け入れてかつ、 そのどれもが正解にはなり得ない。

訳者の前書きでも解説者の後書きでも、

「意味を求めてもただ自分の姿がそこに顕になるだけで、蟹は自分の姿に合った穴を掘るだけだ」

と念を押している。

しかしあらゆる名作と同様に、何かを言いたくてたまらなくなることも事実で、この童話の前で沈黙はできない。ある評者はどこかで、井伏鱒二の「山椒魚」に味わいが似ているという説を紹介していた。解説では山本夏彦の自画像であるという説、翻訳でなく創作ではないかという説、鰐は国際情勢的にイギリスであるという説などがチラホラと挙げられている。

私自身がまず連想したのは大岡昇平の「野火」で、次にはアダムとイブの楽園追放である。とにかく、何も読み取れない人間には何も読み取れず、深読みしたければどうにでも深読みできる、さらに子供が普通に読んでも(たぶん)面白いという、名作としか言いようのない名作だが「読書感想文用の名作」とは百万光年離れた場所で輝く名作である。

 

 

後に山本浩二によってアニメ化もされている。これは原作の挿絵のテイストが忠実に再現されており、ピーター・バラカンのナレーションも落ち着いていて良い。

 

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」