雪舟(ゆきふね)えまは穂村弘「手紙魔まみ、夏の引越し」の「まみ」のモデルになったという歌人で、本書は今のところ唯一の歌集である。
いかにも才気煥発で、短歌という枠の中で天衣無縫に独自の世界を描いている。
どういうジャンルでも(できれば若くて美しい)才能豊かな女子を売り出したがっていて、歌集の場合はそうなるとどうしても「すき」「恋」「愛」の登場する歌が多くなる。
自己愛もやや過剰気味というか、ピンク色のナルシシズムをそのまま拡大していって、過去も現在も未来も、内も外も自分も世界も何でも「かわいい」というトーンで言いくるめてしまうような所がある。
雪舟えまに限らず、続けてこの手の短歌を何首も読んでいると、連続で朝も昼も夜も甘いお菓子を食べさせられたような胸焼けめいた気分を感じてしまう。
そこに馴れるか、心酔するか、飽きるかは人それぞれだろうと思うが、本書はどの歌にもユーモアと幻想と切なさの混じりあった、小ざっぱりとした明るさがあって後味がよい。
虚無僧はかごがぐらぐらゆれるからあんまり早く走れないはず
この「早く」は「速く」が正しいと思うのだが、それを指摘するだけでこちらが悪者にされてしまうのでは?と心配になるほど、脆くて無垢な印象も受ける。
人類へある朝傘が降ってきてみんなとっても似合っているわ
胸にわたし背中に妹をくくりつけ父はなんて胴のながい天使
かまきりを歩道の端に誘導しまだ午前中というよろこび
ほんとうに熱そうに焼けるねするめ わたしを通って遠くへおゆき
目をとじてビッグイシューを掲げれば岬で風をよむ魔女になる
蚊を打てば残れる煤のごときものこの世は出口と入口だらけ
冷や飯につめたい卵かけて食べ子どもと呼ばれる戦士であった
干しえびの袋にたまる海老の目よ人間だけが花を見にゆく
世界じゅうのラーメンスープを泳ぎきりすりきれた龍おやすみなさい
歌集から好きな短歌を引用しすぎるのも不味いと思うので、原則としてこのブログでは十首程度に留めておく。